つれづれ
『渋沢イズムでニッポン元気復活!』の著者・三橋氏が寄稿~
2024年下期の株価展望~日経平均4万円台定着も
いよいよ新1万円札が7月3日に発行されます。その顔となるのが「日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一。渋沢は長期的視点での投資、道徳と経済の両立を信条に500を超す主要企業の創設にかかわったほか、東京証券取引所設立にも関係しました。『渋沢イズムでニッポン元気復活!』『ネット株手帳2024』の著者で経済・環境ジャーナリスト、三橋規宏氏に今年下期の株価を展望してもらいました。
5月に売れ、9月に戻って来い
株価の動きを10年、20年の長期で振り返ると、季節によって株価が上昇する月、低調な月があるのが分かります。米国の株格言に「5月に売れ、9月に戻って来い」という有名な言葉があります。5月に株を売って儲けたら、どこかへ(遊びにでも)行け、ただし9月には戻ってこい、という意味です。アメリカでは6~8月はバケーションシーズンなので市場参加者が減って株取引が細り、株価が下がりやすくなると考えられています。9月になると、休日明けでビジネスが活発になり、株価も上昇するという解釈です。こうした季節による株価の上昇・下落現象のことをアノマリー(変異性)言います。
日経平均も季節によって上がったり下がったりする傾向が見られます。1月の発会式付近で高値を付けた後、2月、3月中旬ごろまで低迷し、4月から6月ごろまで上昇します。その後、7月から9月ごろまで低調な相場に移行します。10月ごろから株価は上昇に向かい、11月から12月のクリスマス前後まで大きく上昇し、1年を終えます。
日経平均のアノマリーも正月休みや3月期決算、5月の連休、9月下旬の中間配当日などの祝日やイベントが株価に微妙な影響与えると考えられますが、なぜそうなるかを完全に説明することはできません。大地震の発生、紛争ぼっ発など予期せざる事故・事件の発生で、アノマリーは簡単に消滅してしまいます。今年1~3月は「低調月」のはずですが、NYダウ、日経平均とも大きく上昇し史上最高値を何度も更新しました。だからといって、過去のアノマリーを無視すると、とんだしっぺ返しを受けることにもなりかねません。頭の片隅にでもアノマリーの存在を記憶させておきましょう。
FRBの利下げはいつになるか?
さて、今年後半の株価はどう動くでしょうか。今年前半を振り返ると、ダウ、日経平均はいずれも1月から3月までは大幅上昇、4月は下落、5月は微増、ないし足踏み状態でした。年後半の株価を動かす要因はいくつかありますが、最大の注目点は、なんといっても日米の中央銀行が決める政策金利の動向です。
アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)はインフレ対策として22年から政策金利(FFレート=フェデラルファンド金利)を小刻みに、急速に引き上げてきました。FRBの政策金利決定会合、FOMC(連邦公開市場委員会)は昨年7月の会合で、FFレートをさらに0.25%引き上げました。その結果、誘導目標は5.25%~5.50%と高水準に達し、現在もこの状態が続いています。
一方、米国の物価を代表する消費者物価指数(CPI)は2022年6月に前年同月比9.1%と40年半ぶりの大幅上昇を記録した後、鈍化に向かっています。今年4月のCPIは前年同月比3.4%上昇で前月(3.5%)より少し鈍化しました。FRBはCPIの上昇が3%程度まで低下すれば、政策金利を引き下げたいと考えています。しかし、CPIの先行きは予断を許しません。ウクライナ戦争やパレスチナ戦争で原油価格が暴騰するかもしれないし、米中貿易戦争の激化で半導体やEV(電気自動車)に使われる希少な原材料価格が上昇するかもしれません。さらに温暖化が原因の気候変動で農産物の収穫に異変が起こる可能性もあります。米国内では堅調な経済活動が続いており、労働者の賃金は上昇気味です。このため、FOMCは利下げのタイミングが見出せず、昨年9月から今日まで連続6回も現状維持を決めています。
それでも今年後半、CPIの上昇要因のいくつかが剝落すれば、物価上昇率が鈍化する可能性があります。最もあり得る想定は米国内景気の停滞です。半導体などのハイテク企業は高すぎる金利で投資資金の調達に苦慮しています。ソフトランディング(不況を伴なわない景気回復)のためにも、年後半に0.25%の引き下げを最低1回、景気低迷が続けば、2回見込めるかもしれません。そうなれば金利低下、株価上昇の好循環が見込めます。
日銀は再利上げの時期を見間違うな!
次に日本です。日銀は3月19日の金融政策決定会合で、大規模な金融緩和策の柱としてきたマイナス金利政策の解除を決めました。具体的には民間銀行が日銀に預けるお金の一部に適用してきたマイナス0.1%の金利を0~0.1%程度(無担保コール翌日物レート)に引き上げました。日銀が短期金利を引き上げたのは17年ぶりです。この他に日銀は長期金利操作(YCC=イールドカーブコントロール)の撤廃、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)の買入終了などを決めています。マイナス金利の撤廃でアベノミクスを支えてきた異次元・大幅金融緩和は終了し、日銀は金利のある世界へのスタートラインに立ちました。今後の課題は、日銀がどの程度まで金利を引き上げるか、その時期に向けられています。
第二次安倍政権が発足した2012年末当時の円相場は1ドル、約80円。それから12年後の今日、円は150~160円の円安状態にあります。マイナス金利の導入により、企業の設備投資を拡大させ、円安誘導で輸出促進→景気回復を目指しましたが、デフレ不況からの脱出に失敗し、ゼロ成長時代が続きました。その結果、円安だけが進みました。ドル換算した国内総生産(GDP)は中国、ドイツに抜かれ、世界2位から4位に低下。生活水準を示す一人当たりGDPも台湾、韓国に抜かれ、世界38位まで低下しています。
これ以上の円安を防ぐためには、政策金利を引き上げ、大きく開いた日米金利差を縮める政策が必要です。円安を阻止するための円買い為替介入は一時的な対応に過ぎません。長期的視点に立つ対策としては、賃上げによる企業活動の活性化、半導体など外国のハイテク企業の積極的な国内誘致、生成AIなどデジタル革命の推進、再生可能エネルギーの開発・推進などで経済の国際競争力を強化させる総合的な対策が必要です。それが「ストップ円安」のシナリオです。
日銀は今年後半に政策金利を0.2%程度に引き上げると観測されていますが、それではテンポが遅すぎます。政策金利の急激な引き上げに対しては、企業の設備投資抑制、住宅ローン金利や国債利回りの上昇で個人負担の増大、政府の財政赤字の拡大などの批判がありますが、日本企業は「失われた30年」の間に内部留保を厚く積み増してきました。政策金利が1%を超えてもそれほど打撃を受けないでしょう。
5月29日の国内債券市場で、長期金利の指標となる新発10年物国債利回りが1.075%と12年半ぶりの高水準になりました。政策金利1%強の引き上げの条件は整いつつあります。
これまでの「利上げ、円高、株安」の連鎖を断ち切り、「利上げ、円高、株高」の新しい発展シナリオに日本経済を転換させる体制づくりのチャンスです。今年後半、日米金利差が縮小してくれば、「ダウ4万ドル台、日経平均4万円台定着」が実現する可能性は決して低くはないでしょう。
(2024年5月30日記)
渋沢イズムでニッポン元気復活!
三橋規宏著 四六判200ページ 2023年12月発行
定価1800円+税 ISBN978-4-907717-23-0