つれづれ

Black Lives Matter を訳すと…

2020.7.8

 黒人男性が白人警官に首を圧迫されて死亡した事件をきっかけに、人種を超えて全米に広がっている抗議運動。そこで叫ばれている「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)」をどう日本語に訳したらいいのか、という問いかけを紹介した後藤正文さんのコラム(6月17日付朝日新聞)が興味深く、そして考えさせられた。

 「黒人の命は大切」「黒人の命も重要」「黒人の命こそ大事」等々……。黒人だけでなく白人もアジア人も先住民も誰の命も大切なことは当然だけども、「黒人を含めすべての人の命が大切」とすると、アメリカ社会に現存する差別・格差問題がぼやけてしまう。ゆえに、多くのメディアで使われている「黒人の命も大切」には違和感がある、との投稿をツイッターで見かけたという。

 これに対し様々な反応があった中で、後藤さんは「黒人の命を軽く見るな」という訳語を示した別の投稿を紹介して、直接的な訳語より抗議運動への理解が進むのではないかとしている。なるほど、との思いと同時に、異なった歴史や文化を背景にした言語を翻訳するのはとても大変なことだと改めて考えさせられた。

 そして、同じコラムで『翻訳できない世界のことば』(創元社)という絵本が紹介されていた。ノルウェー語、ギリシャ語、ロシア語、アラビア語、タガログ語など30の言語の52の言葉(名詞、動詞、形容詞)が素敵なイラストと共に出てくる。例えば、「PORONKUSEMA」(フィンランド語)は「トナカイが休息しないで、疲れず移動できる距離」を指すという。僕らには見当もつかないけれど、トナカイを飼っている人たちには便利で分かりやすい単語に違いない(ちなみに7.5㎞ぐらいとか)。

 また、東南アジア・マレー半島で使われているマレー語で「PISAN ZAPRA」はバナナ1本を食べる時間を意味している(お腹の空き具合によっても違いはあるが、2分前後が標準的な時間らしい)。さらに、ドイツ語で「DRACHEN FUTTER」を直訳すると「竜(ドラゴン)のえさ」になるが、夫がスポーツ観戦に熱中して大切な記念日を忘れた場合などに、妻のご機嫌をとるためのプレゼントのことだという。なんか、身につまされる人も多いのではないだろうか。

 筆者はエラ・フランシス・サンダースさんという女性のイラストレーターで、「KOMOREBI」「BOKKETO」「WABI-SABI」といった日本語も出てくる。言葉は難しい、それでも面白い。            (T)