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ブータン国王夫妻が来日し、爽やかな笑顔とともに、ある清々しさを残して帰国されました。本書は、マスコミ報道が起こしてくれた波に乗って、注目を集めつつあります。
本書の内容を示すにたる「あとがき」から、一部抜粋してご紹介しておきます。
「著者三人が揃って顔を合わせたのは、タイのスワンナプーム国際空港にあるDruk Air(ブータンの航空会社)のカウンター前でした。第4回GNH国際会議に参加するため、日本からブータンの首都ティンプーに向かう途中、乗り合わせた飛行機が同じだったのです。不思議なものですが、この出会いが、この本の始まりでした。
なぜ、ブータンに向かったのでしょうか。日本では、経済的に豊かになり、溢れんばかりのモノに囲まれ、生活は便利になった。けれども、あまり幸福感を感じていない、という人が確実に増えている。このままでよいのだろうか。みなそう感じていたからだと思います。昔遊んだ海や川は汚れ、山の緑は少なくなってしまったのはなぜだろう。楽しく働けないのはなぜだろう。お金が手に入れば、ホントに幸せになれるのだろうか。三人して、ヒマラヤの小国ブータンで語り合う内に、『環境も人も大切にするGNH社会づくり』を目指していこうという気持ちにつながっていったのだと思います。こうして、自然と、本づくりの構想が固まっていきました。
この本をつくっていく中で心がけたことがあります。一人でも多くの方に、GNHというのは何かを知ってもらうこと、GNHはブータンでのみ通用する考え方なのでは決してないということ、そして、GNH社会を目指す動きはすでに世界中で始まっていて、日本にもいくつかの芽が出始めていることをわかりやすく伝えたいということです。
GNH社会づくりへのヒントとして取り上げた四つの事例は、地域も、分野も違いますが、共通点もあります。それは、人と人が緩やかにつながりながら、協働していくことの大切さとそれによってつくり出される社会のすばらしさです。GNH社会を実現するためには、政治家、役人、経営者の努力だけでは難しく、私たち一人ひとりがGNH社会を構想し、自分にできることを見つけて実行に移していくことが不可欠であることを示しているのです。 今後、読者のみなさんとともに、GNHにこだわる地域、GNHを高める企業、GNH家族を増やしていけたら、素敵だなあと思っています。(草郷孝好)」
いかがでしょうか。GNH(国民総幸福)のような哲学は、日本ではまだまだ少数派に属する考え方だと思います。しかし、グローバル化のあとからやってきた貧困化の嵐は、世界中で人々を不幸のどん底へつき落とそうとしています。経済効率一辺倒が世界標準となった結果として、つけを払わされているのです。
さあ、まずは年間自殺者数3万人を数える社会にさようならを、そして環境も人も大切にするGNH社会づくりにこんにちはを――。
ちなみに、本書の帯コピーは「経済成長一辺倒で、みんなが幸せになれるのか? 無限に経済成長を求める社会に警鐘を鳴らし、幸せな未来へ導いていく価値観の基礎を探る」です。
本書を読んで、ブータンから始まったGNH(国民総幸福)の哲学を学び、3.11以後の国づくり、社会づくりに生かすヒントにしていただければ幸いです。
GNH(国民総幸福)
―みんなでつくる幸せ社会へ
枝廣淳子 草郷孝好 平山修一 著
ISBN978-4-907717-09-4
A5判 並製 200ページ 定価:本体1380円(税別)
発行・発売=海象社 〒112-0012 東京都文京区大塚 4-51-3 #303
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社説と称して掲げる私記 39
日本人は古来から、「寄らば大樹の陰」「長い物には巻かれろ」を旨として生きてきた。サル山のサルのように、ボスに従順に従うのが渡る世間の知恵というものだろう。世間が従順になるのは、なにも腕力のあるボスばかりではない。権力を持っているもの、お金を持っているもの、有名であるもの、権威のあるものなど数しれない。
それに付随して、日本人がとる「洞ヶ峠をきめこむ」「日和見(ひよりみ)」など傍観者的な振る舞いは世界一級のものだろう。前者は戦国時代の武将など、後者は高度経済成長=公害全盛時代の学生らの間で際だって流行った生き方だった。その立ち居振る舞いは、お家の一大事にかかわり、終身雇用の就職にかかわる、その人の人生を左右する大事な挙動だったからである。
一般に、立ち位置(思想、信条)を鮮明にすれば、災厄が降りかかってくるのが通り相場である。だから、意見を表明しなければならない物事に対しては、処世の術として端から「触らぬ神に祟りなし」を決め込むことが多い。大概の場合、異を唱えるよりも是々非々で中庸をいけば、時に災厄が降りかかるときもままあるが、敵をつくらなくてもすむからだ。そして人は、いざとなれば鳥類であり、ほ乳類であるコウモリのようにも生きることができる。
ところが長い人生の中では、ここ一番、どうしても旗幟鮮明にしなければならないときがありそうだ。「生き方の美学」「金持ち喧嘩せず」などと、悠長なことを言っていられない、切羽つまったときだ。今がそのときではないだろうか。
たとえば小泉政権の時に、テロ征伐の錦の御旗のもと、日本はアフガニスタンへの派兵をめぐって「ショウ ミー ザ・フラッグ!」(Show me the flag)と米高官から突きつけられたことがある。「四の五の言わず、敵か味方かはっきりしろ」と迫ってきたのだ。二者択一の思考に活路を見いだしていたブッシュ大統領に倣ったわけでもないだろうが、その高官の一言で日本政府は一も二もなく米政府に従った。あの時は、米国も9.11テロの興奮冷めやらぬ時期で、戦場となったアフガニスタンも遠いが、日常からは遠い、国家間の出来事だった。
だが、今年の3.11の大震災以降は、放射性物質が風に舞い、地上に降り注ぐという悪夢が現実に起きると、国家間の出来事よりももっと身近に、人はその現実に対して、すぐに行動をとらざるをえない事態に遭遇する。只今の天気と同じく、リアルタイムに一人ひとりの生活に否応なく係わってくるからだ。私たちが、今こそ原発に対して自分の立ち位置を旗幟鮮明にするべき理由はそこにある。山人は、この機を逃すと、人は永遠に正気にもどれない、そんな大事なときのような気がしてならない。
ことさらに言い募るわけではないが、要は、人知でコントロールできない放射物質もろとも地獄(被曝の恐怖に怯える世界)へ向かうか、自然エネルギーを利用してCO2の少ない天国(被曝することがない世界)を目指すか、それぞれのベクトル(今すぐにはできなくても、進むべき方向性)を明らかにする必要がある。これがないと、国家のビジョンも“あさって”になってしまう。一人ひとりのベクトルを結集した大きなベクトルが、国家のビジョンだからである。みんなでベクトルを確認し合い、国家が進むべき方向を打ち出そうではないか。
何事(考えることすら)も、「お任せ」が大好きな日本人ではあるが、ここは「親方日の丸」の人々に任せぱなしにせず、「脱原発」のために自らできることを進んでやりたいものだ。そうしないかぎりは、人間の強欲にまみれた、後ろ向きの「原発推進」にもどり、2万4000年先まで地獄のベクトルを突き進むことになりかねない。そんなリスクをおかしてまで原発を推進するのは狂気の沙汰であり、一人ひとりが、将来世代からそれこそ「ショウ ミー ザ・フラッグ!」と突きつけられていることを忘れてはならない。
年の瀬や 不忘を誓う 仁もあり 山々
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