DE かいぞう 35号

       


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特集 提言=「環境統治」でCO2 25%削減達成を!

 長きにわたる自公政権から鳩山政権へ政権が交代し、CO2の新たな削減目標が内外へ高らかに宣言されました。環境書を出版する小社にとっても、日本のこの新しい削減目標は時宜に適った目標で、ようやく欧州と並んでスタートラインに立てたという気がしています。政策当局には、この目標を達成すべく、ぜひ誰でも参画できるビジョンを策定し、このビジョンに基づく「環境統治」(環境ガバナンス)を行っていただきたいものです。

 「環境統治」とは何かと言えば、平たく言えば、経済原理の上に環境原理を打ち出すということです。早い話が、環境あっての経済という考え方をとることです。人は放っておくと明日のことより今日、今日より今現在の安楽を求めるものです。しかしながら、それでは「環境統治」は愚か、「経済統治」(市場原理)さえできません。市場原理を野放図に推し進めた果てに何が起こったか、米国発「リーマンショック」に端を発する世界不況を想起してみれば明らかです。

 またそれ以前に、1760年代の産業革命以来、人類は地球資源を際限なく略奪し続けてきました。その結果、莫大なツケが回って、CO2という借金が増え続け、地球温暖化を招いていることに思いをいたすべきです。言い換えてみれば、これまでの「化石燃料の文明」は曲がり角を迎え、新しい再生可能な自然エネルギー文明に切り替えていかなければ人類は生き延びられない、というところまで追いつめられていることを悟るべきです。

 「環境統治」と一口に言っても、言うは易く行うは難いと思います。その理由は、第一に、国民の一人ひとりにパラダイム・シフト(思考の枠組みの変化)が求められます。第二に、既存の統治システムとはまるきり替わったシステムになるので、国民のすべてが「環境統治」というシステムに対して共通の認識を持たなければなりません。それには、まず長い目で見た環境教育が必要です。

 「環境統治」を行うには、まず社会の将来のあるべき姿、つまりビジョンを策定し、そこから現在とるべき施策を決定する「バックキャスティング」という考え方に立たなければなりません。目標とするビジョンのためには今、何をなすべきかを判断して進むのです。この羅針盤にしたがって、社会は進むことになります(その意味で、「コンクリートから人へ」を掲げる現政権において、前段階として予算執行前にこれまでの事業の仕分けがなされていることは当然のことでしょう)。

 それに対して、これまでは「モグラたたき」のモグラのように出現する事件や事象にのみ、予算の多くや解決能力の多くの力が割かれてきました。このような対症療法的なやり方は「フォアキャスティング」と言いますが、このような考え方では、いつまでたっても社会のあるべき姿であるビジョンには到達できません。たとえてみれば、枝葉(事件や事象)にいくら肥料(予算と社会的資源)を施しても、根っこ(事件や事象を引き起こしている広義の環境問題)に肥料を施さなければ植物(理想とする社会=低炭素社会)は育ちません。

 現在、経済界を中心に、CO2を25%削減すれば国民の家計にどれだけの負担を強いるか、といった後ろ向きの議論が起こっていますが、このような議論も「フォアキャスティング」の典型的な例と言えます。そうではなく、環境省が先頭に立って、今CO2対策を怠れば、将来どれだけの損害を被るかといった前向きの議論をすべきではないでしょうか。英国の「スターン・レポート」の例を挙げるまでもなく、後者の負担は、前者の負担の比ではないはずです。しっかりしたビジョンに基づいた「環境統治」(環境ガバナンス)が求められる由縁です(環境先進国スウェーデンでは、すでに1996年に一世代25年先を見据えた「2021年のスウェーデン」というビジョンを策定し、着々と成果を上げています)。

 幸いにして、現政権には、「国家戦略室」というお誂え向きの政府機関があります。世界は今、文明の転換点に直面しているという認識に立ち、民主的手続きにより、日本の知性を総結集し、一世代後の明確な将来ビジョンを策定し、確固たる「環境統治」のリーダーシップを発揮してもらいたいと思います。これが、後の世の世代に向かって胸を張って言える現世代の責任というものではないでしょうか。 

                                       発行人・山田一志

参照文献

『サステナビリティ辞典』 『日本再生のルールブック』 『賢人会議』(上・下)

『よい環境規制は企業を強くする』 『「ふきげんな地球」の処方箋』

『それでも環境税を払いたくなる本』 『宇宙の渚で生きるということ』(以上、小社刊)


近刊予告でお知らせした『CO2でお金が貯まる』は、諸般の事情により発行中止となりました。慎んでお詫び申し上げます。


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また、自費出版のご相談にものります。どうぞお気軽にご連絡ください。


 社説と称して掲げる私記 31

 言葉を失いかけて

                   小日向山人

「実りの秋」を迎えて何たることか? 思いもしないことが起こった。

 山人の家族の一人が突然、三度心肺停止に見舞われ、三途の川のあちら側へ行きかけた。幸いにして、奇跡的に一命を取り留めたが、まだ病床にある。たまたま酒席の帰り道に入った火急の知らせに、山人は肝がつぶれ、今もある種の心の傷一PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)を負っている。

 人生は禍福あざなえる縄のごとし、とは言うが、いつどこで何が起こるかわからない。それにしても、われら一家は不幸中の幸いであった。

 いのちの素晴らしさ、不思議さを、今回ほど感じたことはない。私たちは日頃、「普通に暮らせること」の在り難さを忘れている。だが、1分1秒が生死を分ける危機的状況をかいくぐってみれば、その意味がわかる。朝起きて、普通に心臓が動いていることは、じつはありがたい、不思議なことだ。

 そして、心肺停止による他の臓器の機能低下から見えてきたものは、人体は人知を超えるくらい精妙にできているということ、人体こそは「環境」の源であるということである。だが注目すべきことに、人体は世の中の便利さや食生活の高栄養化に比例して徐々に蝕まれてきている。世界では飢餓や貧困でいのちを落とす人が絶えないが、皮肉なことに飽食や慎みを忘れたもっともっとのライフスタイルによって、年齢に関係なくいのちが衰弱しているのである。

 駆けつけた大学付属の救命センターでは、医療チームにすべてをお任せし、ただ祈るしか方法はなかった。駆けつけた者はみな、朝まで無言でひたすら生き返って欲しいと祈り続けた。その後の数日間は、悪夢のような現実の連続で言葉を失いかけ、言葉は希望であることを痛感した。

 いつ切れるかわからない、か細い一本の糸のような患者の命をつなぎとめてくれたICUで、毎日、容態が少しでも生存の方向へ向かい始めると、私たちは無言で手を取り合って喜んだ。日がたつにつれて、家族は声を掛け合い、支え合い始めた。不安を声に出して癒し、希望を紡ぎ合った。お互いに言葉を出し合うと、不思議と生きる勇気が湧いてきた。

 人間の身体は「神様からの借り物」だという。一番身近な「環境」である身体が壊れてからでは何もできないから、常日頃から自分の身体に対して思いを馳せよう! そして他のあらゆるいのちに対しても、思いやりの気持ちを持とう! 神様の貸し物である身体は、あまりボロボロに、粗末にならないようにお返ししたいものである。

 山人のへぼ句を一句

 いのちあっての物種とわれは逝く


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