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時世(ときよ)時節は、「不況」の二文字が踊り狂っている。地球上を覆っていた「金融バブル」がはじけて消え、名うての世界企業が軒並み大赤字を計上し、黒字はこの世からすっかり逃げていってしまったようである。今、生産の場を失った工場労働者は、大量消費されたモノのように大量廃棄され、困窮の極みにある。
しかし、このピンチをチャンスにしようではないか。そのためには、認めたくない現実をまず認めることだ。すなわち、「無限な地球」を前提にした“いけいけどんどん、もっともっとの経済”は破綻した。今、文明は転換点(曲がり角)を迎えているのだ、と。
そして、直面している冷厳な事実から眼をそらしたり、問題解決のための糸口を過小評価して先送りしたり、根も葉もない右肩上がりの経済成長率の夢を見たりするのは、もうやめよう。
そこから始めれば、まだまだ、どんな困難でも克服できる。「有限な地球」と共生できる。世界60億の人類は、地球の持つ自然のちからにこころを合わせて、身の丈にあった暮らしをすればいいのだから。
『宇宙の渚で生きるということ――いのちの文明への旅立ち』は、まさに今現在を生きる人たちが、大きなスケールでは人類史始まって以来の、小さなスケールでは作年末以来の、未曾有の困難に直面して、人々が右往左往することがないように、生きる目標を掲げてくれる。大きな指針を示してくれる。
本書が、さまざまな贈り物(プレゼント)に最適なのは、先が見えない今にひかりを照らしてくれるからである。こころにスケールがなく、暗がりの中で、もがき苦しんでいる人は、貧すれば鈍する前に、無心に本書をひもといてほしい。
そして、片言隻語(へんげんせきご)でも、あなたのこころに響いたら、隣りで同じように迷い、あれもこれもと模索している人にリレーし、アナウンスしてほしい……これが、発行人からのこころからのお願いです。 (発行人・山田一志)
「私たちは、地球という名の“渚”に立っている」──詩人のことばで科学のまなざしを注ぐ佐治晴夫博士(宇宙物理学者)のメッセージは、私たちが“宇宙の渚”にたたずむ儚くも、かけがえのない生きものであることを思い出させてくれます。
本書は、月刊『省エネルギー』に連載され、未来世代へのメッセージを語り伝えてきた巻頭インタビュー〈時世(ときよ)の地平線〉を再編集して上梓したアンソロジーです。
当代一流の科学者、哲学者、宗教者、芸術家、小説家・ジャーナリスト、実業家、発明家、武術家に至るまで、それぞれの舞台で道を究める表現者たちが、“宇宙史137億年”、“生命史30数億年”のスケールで、知られざる“センス・オブ・ワンダー”を語り明かします。
どの頁を開いても、宇宙からの風がそっとあなたのからだを通り抜けていくことでしょう。
(編集者・丸岡鷹次)
龍村 仁(映画監督)
佐治 晴夫(鈴鹿短期大学学長・宇宙物理学者)
名嘉 睦稔(版画家)
柳澤 桂子(生命科学者・作家)
玄侑 宗久(僧侶・作家)
中村 桂子(JT生命誌研究館館長)
栗田 昌裕(SRS研究所代表・医師)
本川 達雄(東京工業大学教授・生物学者)
鎌田 東二(京都大学教授・宗教哲学者)
池内 了(総合研究大学院大学教授・宇宙物理学者)
三橋 規宏(千葉商科大学教授・経済・環境ジャーナリスト)
枝廣 淳子(イーズ代表・環境ジャーナリスト)
石井 吉徳(東京大学名誉教授)
大久保 泰邦(もったいない学会監事)
村上 和雄(筑波大学名誉教授)
田坂 広志(シンクタンク・ソフィアバンク代表)
高柳 雄一(多摩六都科学館館長)
柳瀬 丈子(詩人・エッセイスト)
宮脇 昭(横浜国大名誉教授・植物生態学者)
甲野 善紀(武術家)
星川 淳(作家・グリーンピースジャパン事務局長)
羽鳥 操(野口体操の会主宰)
赤池 学(ユニバーサルデザイン総合研究所所長 )
草木 雅広(ソフィックス研究所代表・ナチュラルカラーリスト)
綾部 經雲齋(彫書家・竹工芸家)
速水 亨(速水林業代表・林業家)
板垣 啓四郎(東京農業大学教授・農業経済学者)
藤村 靖之(非電化工房代表・発明起業家)
小柴 昌俊(東京大学特別栄誉教授)
天外 伺朗(作家・ホロトロピック・ネットワーク代表)
上原 春男(海洋温度差発電推進機構理事長)
堀 文子(画家)
久保 雅督(写真家)
本書のくわしい内容(目次)は、ホームページのメニューから「新刊案内」の「宇宙の渚で生きるということ」からみることができます。
四六判・376ページ 2008年12月16日発行
定価1800円(本体価格1714円) ISBN978-4-907717-79-7
海象ブックレットシリーズ
──「自然エネルギー促進」の選択肢を我らが手に
発行・発売=海象社 〒112-0012 東京都文京区大塚 4-51-3 #303
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社説と称して掲げる私記 29
「フユノタネマキ」という名前を冠した展覧会が、横浜市緑区中山町のとある茶房付属のギャラリーで1月31日まで開かれていた。くわしく言うと、横浜線の菊名駅から新横浜駅、子机駅、鴨居駅と続く隣駅の中山駅下車、南口から徒歩6分ほどの閑静な住宅街の一角にある月三茶房・ギャラリーなごみにおいてである。
作者の名前は、初期ルネッサンスの古式ゆかしいテンペラ画を描くmerinoさん。スペイン産メリノ種のヒツジの総称をなぜか画号とする。この画号では初デビューのこの度の催し、ギャラリーなごみのレトロなたたずまいと相まって、描かれた絵はこの古民家風の屋根勾配の表わしや窓外に見える樹齢百年を数える桜の大木のある風景に不思議とマッチしている。しかし、この懐かしいしつらえも、残念ながら雛祭り展を最後に、2月中にクローズするという。
絵は、冬の絵が描かれているが、摩訶不思議な魅力をそなえた力作揃いである。中でも、「対話」と題する絵には、オオカミ系の動物とアルパカ風の家畜といった架空の動物二匹が描かれ、ボタ雪が降り積もる野原で対峙している。シンシンと降り積もる雪、裸の枝振りをあらわにした落葉高木の並木、二つのいのちが静かに向き合っただけの絵だが、妙にいとおしく感じられる。一般的な心象世界のイメージで言えば、フユノタネマキは、まずは異質ないのちといのちの出会いとコミュニケーション(対話)から始まるというわけか…。
それにしても、この展覧会には、作者がひそかに「ヒカリ村」シリーズと銘打って描きつづけているモチーフたちが、たった二間のギャラリースペースに、すっかり水を得た魚のように息づいている。例えば、一度見たら忘れられない、ヒカリ村の長老は、みごとな角を生やし、角の先端には花を咲かせた、威風堂々たるトナカイだったり、村びとの住む集合住宅は植物の種を思わせる、自然界そのものといった高層住宅だったり、観る者の時空意識を拡大してやまない創造力にあふれている。
とりわけ、出色の出来映えは、村の子どもの絵である。静謐な中に深い精神性を湛えた表情は、子どもが身につけている衣装とともに、えも言われぬ無国籍性を帯び、このヒカリ村が北欧の近辺に、たとえば実在しないサンタクロースの村か何かのように、想像の中で身近に存在するごとく不思議なリアリティを持っている。細部に神は宿ると言われるが、天然岩絵の具を用いて細部にこだわるテンペラ画ならではの技法がなせる業か、その存在感は一見に値する。
絵描きがこだわる冬景色と生きもの、そして事物は、「フユノタネマキ」というタイトルにふさわしく、不況感が覆い尽くすこの時節、何かせつなく、切実に問いかけてくる。冬の景色は、ものみなが春に備えて、天から与えられたエネルギーを蓄え、ほんとうのところは生命力がみなぎっているものだ。冬枯れた樹木の内には、秘めたエネルギーが充満しているのだ。いわずもがな、種まきは春に限るものだろうが、冬の種まきは用意周到な植物の生物時間がもつ自然の流れの延長上にあるものである。
それにしても、山人、散歩道の公園で二年越しの冬を越す女性のホームレスの姿などを見るにつけ、いつになく「フユノタネマキ」が脳裏を離れない。「フユノタネマキ」は、人それぞれの人生の途上にきっとあることだろうが、普段からノホホンとしている山人とても同じこと。冬まきの種が、雪の水分をいっぱい含んで、いつの日か春の日差しを浴びて最初の芽を出すその瞬間を心待ちにしながら、いつやってくるかわからぬ春を待ちわびて、十年一日のごとく内なる冬の種まきを続けている。しかもそれは、生きている内についぞ眼にすることなく終わる光景かも知れぬのに…。
雪に撒く フユノタネマキ 春いずこ
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